【東京情報大学・嵜山陽二郎博士のヘルスケア講座】

ヨガ八支則の第二段階「ニヤマ(勧戒)」は、自己の精神を磨き、内なる調和を築くための五つの生活的規律だ。清浄(シャウチャ)で心身を清め、知足(サントーシャ)で今の充足を知り、苦行(タパス)で情熱の炎を燃やし、読誦(スヴァディヤーヤ)で自己を学び、自在神祈念(イーシュヴァラ・プラニダーナ)で大いなる力に身を委ねる。これらは単なる道徳ではなく、魂を覚醒させ、外部の環境に左右されない真の幸福を手に入れるための最強の自己研鑽メソッドである。自分自身を律することで得られる不動の平穏は、現代社会の混沌を生き抜く光となるだろう。内側から湧き出るポジティブなエネルギーを味方につけ、人生の質を根底から変革する準備を整えよう。
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ニヤマ:内なる宇宙を整える聖なる規律の力
自己規律がもたらす究極の精神変容
ヨガの聖典『ヨガ・スートラ』において、パタンジャリが提唱した八支則の第二段階、それが「ニヤマ(勧戒)」です。第一段階のヤマが対人関係や社会的な慎みを説く「禁止事項」であるのに対し、ニヤマは自分自身に対して積極的に取り組むべき「推奨事項」であり、内面的な規律を意味します。私たちは日々、外側の世界からの刺激に翻弄され、心の平穏を失いがちですが、ニヤマを実践することで、自分自身の内側に揺るぎない軸を築くことが可能になります。これは単なる規律ではなく、自分という存在を磨き上げ、最も輝かしい状態へと導くための錬金術のようなものです。ニヤマに含まれる五つの要素、すなわちシャウチャ(清浄)、サントーシャ(知足)、タパス(苦行)、スヴァディヤーヤ(読誦)、イーシュヴァラ・プラニダーナ(自在神祈念)は、それぞれが魂を浄化し、高次元の意識へと繋げるための重要なステップとなります。現代社会という荒波の中で、私たちが自分らしく、そして健やかに生き抜くための究極の知恵がここに凝縮されているのです。
シャウチャ(清浄):心身を磨き上げるクレンジングの極意
外側の清潔から内面の透明性へ
ニヤマの第一歩であるシャウチャは、心身を清潔に保つことを意味します。これは単に毎日シャワーを浴びたり、部屋を掃除したりすることだけを指すのではありません。もちろん、身体を清潔にし、整理整頓された空間で過ごすことは、エネルギーの通り道を整えるために不可欠です。しかし、真のシャウチャはそのさらに奥にあります。私たちが摂取する食べ物の質、目にする情報、そして心に抱く思考のすべてを「純粋なもの」に保つことが求められます。不純な思考やネガティブな感情、あるいは添加物まみれの食事は、私たちの鏡のような心を曇らせてしまいます。この曇りを取り除き、内面をクリスタルのように透明に保つことで、私たちは自分自身の本質を正しく認識できるようになるのです。ヨガのポーズ(アーサナ)や呼吸法(プラーナーヤーマ)も、体内を浄化するためのシャウチャの実践と言えるでしょう。身体の内側からデトックスを行い、濁りのない状態で生きることで、直感力は研ぎ澄まされ、生命エネルギーが全身に満ち溢れるようになります。
サントーシャ(知足):不足を嘆かず「今」に満たされる知恵
真の幸福は所有ではなく心の持ちようにある
サントーシャは「足るを知る」と訳され、今の自分が置かれている状況や、既に持っているものに満足することを意味します。私たちは常に「もっとお金があれば」「もっと才能があれば」「もっと美しければ」と、自分に足りないものを探し、外側に幸せを求めてしまいがちです。しかし、外側の状況は常に変化し、欲望に終わりはありません。サントーシャの実践は、この果てしない欲望のサイクルから抜け出し、今この瞬間に存在している充足感に目を向けることです。これは現状に甘んじて努力を放棄することではありません。今の自分を丸ごと受け入れ、感謝の気持ちを持つことで、心に平安をもたらす練習なのです。どんなに困難な状況であっても、その中に喜びを見出し、感謝の念を忘れない。その心のあり方こそが、私たちを外部の環境に左右されない不動の幸福へと導いてくれます。サントーシャが身につくと、他人と比較して劣等感や嫉妬を抱くことがなくなり、内側から湧き出る静かな喜びに包まれるようになります。これこそが、メンタルヘルスを保つための最強の処方箋と言えるでしょう。
タパス(苦行・熱):魂を鍛錬し不純物を焼き尽くす情熱
自己変革を促す内なるエネルギーの昇華
タパスは直訳すると「熱」を意味し、自己規律や情熱、そして困難に耐え抜く力を指します。これは自分を痛めつけるような苦行ではなく、自分を高めるために必要な「熱を生み出す行為」を指します。例えば、朝早く起きてヨガをすること、誘惑に負けずに自分の決めた目標に向かって努力すること、あるいは感情的に反応しそうな場面でグッとこらえて冷静さを保つこと。これらすべてがタパスの実践です。私たちが快適なゾーン(コンフォートゾーン)を抜け出し、自分を律しようとするとき、そこには摩擦が生じ、熱が生まれます。この熱こそが、私たちの怠惰や執着といった心の不純物を焼き尽くし、魂を純粋な金のように磨き上げてくれるのです。タパスを積み重ねることで、意志の力は強固になり、どんな困難も乗り越えていける強靭な精神力が養われます。情熱を持って何かに打ち込み、自分をコントロールする術を学ぶことは、人生において大きな自信となります。内なる炎を絶やさず、常に自己を高めようとする姿勢が、停滞した運命を力強く切り開いていく原動力となるのです。
スヴァディヤーヤ(読誦):聖典と自己を照らし合わせる叡智
鏡としての学びと自己の再発見
スヴァディヤーヤは、聖典や質の高い書物を読み、知識を深めること、そしてそれを通して「自己を観察すること」を意味します。単なる知識の蓄積ではなく、学んだ知恵を自分の人生に照らし合わせ、自分自身がどのような存在であるかを探求し続けるプロセスです。古の賢者たちが残した言葉や、普遍的な真理が記された書物は、自分の内面を映し出す鏡のような役割を果たします。読書や瞑想を通じて、自分の思考パターンや感情の癖、そして魂が求めている真の望みに気づくことが重要です。また、現代においては良質な情報に触れ、知性を磨き続けることもスヴァディヤーヤの一部と言えるでしょう。無知(アヴィディヤー)は苦しみの根源ですが、学び続けることで私たちはその闇から抜け出すことができます。自己対話を繰り返し、内なる声に耳を傾けることで、私たちは偽りの自分を脱ぎ捨て、本来の純粋な自己へと立ち返ることができるのです。この終わりのない探求こそが、人生を深く豊かなものにし、確固たる知恵を授けてくれるのです。
イーシュヴァラ・プラニダーナ(自在神祈念):自我の解放
大いなる流れに身を委ねる究極の平穏
ニヤマの最後を締めくくるのは、イーシュヴァラ・プラニダーナです。これは、自分のエゴ(自我)を手放し、宇宙や神、あるいは「大いなる生命の源」といった自分を超えた存在にすべてを委ねることを意味します。私たちは自分の力ですべてをコントロールしようとして、挫折し、悩み、苦しみます。しかし、実際には自分の力でコントロールできることは限られています。自分の最善を尽くした後は、その結果を執着せずに手放し、大いなる流れに任せる。この「サレンダー(明け渡し)」の精神こそが、心を究極の平穏へと導きます。自分の成果を自分だけのものとせず、社会や全体のために捧げるという献身の心を持つことで、エゴの檻から解放されるのです。イーシュヴァラ・プラニダーナは、孤独な闘いから私たちを救い出し、常に守られ、導かれているという安心感を与えてくれます。この境地に達したとき、不安や恐れは消え去り、私たちは宇宙と調和した心地よい生き方を手に入れることができます。自己を律するニヤマの旅は、最終的にこの広大な一体感へと辿り着くのです。
ニヤマの実践が切り開く輝かしい未来
現代を生き抜くための最強のセルフケア
これら五つのニヤマを日常生活に取り入れることは、単なる修行ではなく、自分自身を最高に慈しむためのセルフケアの究極の形です。シャウチャで磨き、サントーシャで満たし、タパスで鍛え、スヴァディヤーヤで学び、イーシュヴァラ・プラニダーナで委ねる。この循環が、私たちのエネルギーを整え、人生の質を劇的に向上させてくれます。物質的な豊かさだけでは満たされない現代人の心に、ニヤマは内側から湧き出る枯れない幸福の泉を提供してくれます。最初から完璧を目指す必要はありません。今日一日、少しだけ部屋を片付ける、今あるものに一つだけ感謝する、決めたルーティンをやり抜く。そんな小さな一歩が、やがてあなたの魂を震わせるような大きな変革へと繋がっていきます。ヨガのマットの上だけでなく、生活のあらゆる瞬間をニヤマの精神で満たしていきましょう。そうすることで、あなたは周囲の雑音に惑わされることなく、自分自身の中心で堂々と、そして優雅に輝き続けることができるはずです。内なる宇宙の調和は、必ず外側の世界にも素晴らしい奇跡をもたらしてくれることでしょう。





