睡眠時無呼吸症は命を削る|「隠れ酸欠」の恐怖と対策【東京情報大学・嵜山陽二郎博士のヘルスケア講座】

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に呼吸が反復して停止したり、浅くなったりする状態が繰り返される病気です。医学的な定義では、一晩(7時間の睡眠中)に10秒以上の無呼吸が30回以上認められるか、1時間あたりの無呼吸数や低呼吸数が5回以上ある場合に診断されます。主な原因は、睡眠中に喉の筋肉が緩み、舌根沈下などが起こって気道が塞がってしまう「閉塞性」が大部分を占めますが、脳からの呼吸指令が滞る「中枢性」もあります。代表的な症状は大きないびき、睡眠中の窒息感、中途覚醒、そして日中の強い眠気や倦怠感です。この病気が危険なのは、睡眠の質が著しく低下するだけでなく、睡眠中の低酸素状態が続くことで心臓や血管に大きな負担がかかるためです。放置すると高血圧、心筋梗塞、脳卒中、糖尿病といった深刻な生活習慣病のリスクを高めるほか、日中の居眠りによる交通事故や労働災害の原因にもなり得るため、早期の発見と適切な治療が不可欠です。
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現代人を襲う「睡眠時無呼吸症候群」の基礎知識と社会的影響
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome、以下SAS)は、その名の通り睡眠中に呼吸が止まってしまう、あるいは呼吸が極端に浅くなってしまう状態が繰り返される疾患です。多くの人が「たかがいびき」と軽く考えがちですが、SASは単なる睡眠のトラブルにとどまらず、全身の健康を蝕み、時には命に関わる重大な合併症を引き起こす可能性を秘めた「サイレントキラー」とも呼ぶべき病気です。医学的な定義としては、10秒以上の呼吸停止(無呼吸)が一晩(約7時間の睡眠)に30回以上認められるか、あるいは1時間あたりの無呼吸と低呼吸の合計回数(無呼吸低呼吸指数:AHI)が5回以上である場合にSASと診断されます。この病気が現代社会において特に重要視されている背景には、患者数の多さと、それがもたらす社会的損失の大きさがあります。潜在的な患者数は日本国内だけでも数百万人いると推測されていますが、自覚症状が乏しい場合も多く、適切な治療を受けているのは氷山の一角に過ぎません。SASは睡眠の質を著しく低下させるため、日中の耐え難い眠気や集中力の低下を招きます。これは仕事のパフォーマンス低下に直結するだけでなく、居眠り運転による交通事故や、工場などでの重大な労働災害の原因となることが明らかになっています。実際、SAS患者の交通事故発生率は健常者の数倍に達するというデータもあり、社会全体の安全を脅かす要因の一つとなっているのです。したがって、SASを個人の健康問題としてだけでなく、社会的な課題として捉え、早期発見・早期治療の体制を整えていくことが求められています。
SASのメカニズムと分類:なぜ眠っている間に呼吸が止まるのか
SASは発生のメカニズムによって大きく3つのタイプに分類されます。最も一般的で、全SAS患者の約9割を占めるのが「閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)」です。これは、呼吸のための神経や筋肉の働きは正常であるにもかかわらず、空気の通り道である「上気道」(鼻から喉、気管支の入り口までの部分)が物理的に狭くなったり、完全に塞がったりすることで起こります。睡眠中は全身の筋肉がリラックスしますが、喉の周辺の筋肉も例外ではありません。特に仰向けで寝ると、重力の影響で舌の付け根(舌根)や軟口蓋(喉の奥の柔らかい部分)が喉の奥に落ち込みやすくなります。通常であれば呼吸に支障はありませんが、肥満によって首回りに脂肪がついていたり、もともと顎が小さい、扁桃腺が大きいといった身体的な特徴があると、気道が狭くなりすぎて空気が通らなくなり、無呼吸状態に陥るのです。呼吸が止まると体内の酸素濃度が低下し、二酸化炭素濃度が上昇します。脳はこの危険な状態を察知して覚醒を促し、呼吸を再開させようとします。この時、狭くなった気道を空気が無理やり通ることで、大きないびきが発生します。この「呼吸停止→低酸素状態→覚醒→呼吸再開(いびき)」というサイクルが一晩に何度も繰り返されるのがOSASの特徴です。2つ目は「中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSAS)」です。これは気道が塞がっているわけではなく、脳の呼吸中枢から呼吸筋への指令が適切に伝わらなくなることで呼吸が止まってしまうタイプです。心不全などの心臓疾患や、脳血管障害の患者に多く見られます。呼吸努力そのものが消失するため、いびきを伴わないことが多いのが特徴です。3つ目は「混合性睡眠時無呼吸症候群」で、最初は中枢性の無呼吸として始まり、後半に閉塞性の要素が加わるタイプです。これらの中で圧倒的に多いのが閉塞性であるため、一般的に睡眠時無呼吸症候群といえばOSASを指すことがほとんどです。
リスクファクター:どのような人がSASになりやすいのか
SAS、特に閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の発症には、様々な要因が複雑に関与しています。最も強力なリスクファクターの一つが「肥満」です。体重が増加すると、お腹や内臓だけでなく、首回りや舌、喉の粘膜下組織にも脂肪が蓄積します。これが気道を内側から圧迫し、狭くしてしまうのです。特にBMI(ボディマス指数)が25以上の肥満傾向にある人は、SASのリスクが格段に高くなります。しかし、日本人は欧米人に比べて肥満の程度が軽くてもSASを発症しやすいという特徴があります。これは日本人の骨格的な特徴、すなわち「顎が小さい(小顎症)」「顎が後ろに引っ込んでいる(下顎後退)」といった顔立ちが関係しています。顎のスペースが狭いと、舌が収まりきらずに喉の方へ落ち込みやすくなり、気道を塞ぐ原因となります。そのため、痩せている人でもSASになる可能性は十分にあります。その他にも、扁桃腺やアデノイドの肥大(特に小児のSASの原因として多い)、鼻中隔湾曲症や慢性副鼻腔炎による慢性的な鼻づまり、加齢による喉の筋肉の衰えなどもリスクファクターとなります。女性の場合、閉経後にホルモンバランスが変化することで気道周囲の筋肉の緊張が維持しにくくなり、SASの発症率が増加する傾向があります。生活習慣も大きく影響します。アルコールは筋肉を弛緩させる作用があるため、寝酒をすると舌根沈下が起こりやすくなり、いびきや無呼吸が悪化します。喫煙は喉の粘膜に炎症を引き起こし、浮腫(むくみ)を生じさせることで気道を狭くします。また、睡眠薬や精神安定剤の一部も筋肉の緊張を低下させるため、SASのリスクを高める可能性があります。これらの要因が重なり合うことで、SASの発症リスクはさらに増大していきます。
見逃してはならないSASのサイン:夜間の症状と日中の症状
SASの症状は多岐にわたりますが、本人が睡眠中に自覚することは難しく、多くはベッドパートナーや家族からの指摘によって発覚します。夜間に見られる最も代表的な症状は「大きないびき」です。特に、いびきが突然止まり、しばらく静かになった後に「ガガッ、グォー」という大きな音とともに呼吸が再開するようなパターンは、SASの可能性が非常に高いと言えます。また、睡眠中に息苦しさを感じて目が覚める(窒息感)、夜中に何度もトイレに起きる(夜間頻尿)、寝汗をたくさんかく、といった症状も見られます。夜間頻尿は、睡眠中の低酸素状態によって心臓に負担がかかり、利尿作用のあるホルモンの分泌が増えるために起こると考えられています。一方、日中に現れる症状としては、「耐え難い強い眠気」が最も特徴的です。睡眠時間は確保しているはずなのに、会議中や運転中、ひどい場合には会話中や食事中にも強烈な眠気に襲われ、居眠りをしてしまいます。これは、睡眠中の無呼吸によって脳が何度も覚醒状態(微小覚醒)に戻され、深い睡眠が得られないため、慢性的な睡眠不足状態に陥っていることが原因です。その他にも、起床時の頭痛や口の渇き、熟睡感の欠如、全身の倦怠感、集中力や記憶力の低下、イライラしやすくなるといった精神的な不安定さ、さらに男性では勃起不全(ED)などの症状が現れることもあります。これらの症状は、単なる疲れや加齢のせいだと見過ごされがちですが、SASが隠れている重要なサインである可能性があります。特に日中の過度な眠気は、日常生活に重大な支障をきたすだけでなく、前述の通り事故につながる危険性もあるため、決して軽視してはいけません。
「サイレントキラー」の真の恐怖:SASが引き起こす重大な合併症
SASが恐ろしいのは、いびきや眠気といった直接的な症状だけではありません。睡眠中に繰り返される「低酸素血症」と、それに対する体の反応が、長期間にわたって全身の臓器に深刻なダメージを与え続けるという点に真の恐怖があります。呼吸が止まり体内の酸素が不足すると、体は危機的状況だと判断し、交感神経を活発化させて血圧を上昇させ、心拍数を早めて酸素を全身に送ろうとします。本来休息すべき睡眠中に、心臓や血管は激しい運動をしているのと同じような負担を強いられることになるのです。これが毎晩、何年も続くことで、様々な生活習慣病や心血管疾患のリスクが劇的に高まります。最も密接な関係にあるのが「高血圧」です。SAS患者の多くが高血圧を合併しており、特に早朝の血圧が高いタイプや、通常の降圧剤が効きにくい治療抵抗性高血圧の原因としてSASが関与していることが少なくありません。心臓への負担は「心不全」や「不整脈(心房細動など)」のリスクも増大させます。さらに、血管へのダメージは動脈硬化を進行させ、「狭心症」「心筋梗塞」といった虚血性心疾患や、「脳梗塞」「脳出血」といった脳卒中の引き金となります。事実、SASの中等症?重症患者では、これらの心血管イベントによる死亡リスクが健常者に比べて数倍高くなるという研究結果が多数報告されています。また、SASは代謝にも悪影響を及ぼします。低酸素状態によるストレスや交感神経の興奮は、インスリンの働きを悪くする(インスリン抵抗性)ため、「2型糖尿病」の発症や悪化のリスク因子となります。脂質代謝異常症(高脂血症)との関連も指摘されています。このように、SASは高血圧、糖尿病、脂質異常症という「死の三重奏」のすべてに関与し、動脈硬化性疾患の温床となるのです。まさに、静かに体を蝕み、突然死さえ招きかねない「サイレントキラー」としての側面を正しく理解し、恐れる必要があります。
診断へのステップ:問診から確定診断のための検査まで
SASの疑いがある場合、専門の医療機関(睡眠外来、呼吸器内科、耳鼻咽喉科など)を受診し、適切な診断を受ける必要があります。診断のプロセスは、まず詳細な「問診」から始まります。いびきの有無や程度、睡眠中の呼吸停止の目撃情報、日中の眠気の強さ、既往歴、生活習慣などが確認されます。日中の眠気を客観的に評価するために「エプワース眠気尺度(ESS)」という質問票が用いられることも一般的です。問診の結果、SASの可能性が高いと判断された場合、スクリーニング検査として「簡易アプノアモニター検査(パルスオキシメトリー検査など)」が行われます。これは自宅で手指にセンサーを装着し、睡眠中の血液中の酸素飽和度や脈拍数を測定する簡便な検査です。この検査で一定の基準を超えた場合、あるいは症状が強くSASが強く疑われる場合には、確定診断のために「終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG検査)」が行われます。PSG検査は睡眠状態を調べるための最も精密な検査で、通常は一泊入院して行います。脳波、眼球運動、筋電図、心電図、呼吸運動、気流、酸素飽和度など、様々な生体信号を同時に記録し、睡眠の深さ、睡眠の分断状況、無呼吸・低呼吸の種類と回数、低酸素状態の程度などを総合的に解析します。このPSG検査の結果、AHI(無呼吸低呼吸指数)が5以上であり、かつ日中の眠気などの症状がある場合、またはAHIが15以上の場合にSASと確定診断されます。重症度はAHIの値によって、軽症(5?15未満)、中等症(15?30未満)、重症(30以上)に分類され、この重症度に応じて最適な治療方針が決定されます。
治療法の選択肢:CPAP療法から外科手術、生活改善まで
SASの治療目的は、睡眠中の無呼吸・低呼吸を解消し、良質な睡眠を取り戻すことで、日中の眠気などの症状を改善し、高血圧や心血管疾患などの合併症を予防することにあります。治療法は重症度や原因に応じて選択されますが、現在最も標準的で効果的な治療法として確立されているのが「経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP:シーパップ療法)」です。これは、寝ている間に鼻に装着したマスクから、エアチューブを通じて空気を一定の圧力で送り込み、その空気圧によって気道を内側から押し広げて閉塞を防ぐ方法です。CPAP療法を適切に行うことで、無呼吸やいびきは速やかに消失し、睡眠の質が劇的に改善します。その結果、日中の眠気が解消され、血圧が低下し、心血管疾患のリスクも低減することが多くの研究で証明されています。中等症以上のSAS患者には第一選択の治療となります。ただし、毎晩マスクを装着する必要があるため、慣れるまで時間がかかることや、マスクの不快感、鼻の乾燥などのトラブルが生じることもあり、継続的な通院と医師や専門スタッフによるサポートが重要です。軽症?中等症の患者で、特に顎が小さい、舌根沈下が主な原因と考えられる場合には、「口腔内装置(マウスピース)」による治療が選択されることもあります。これは、下顎を少し前に出した状態で固定する専用のマウスピースを睡眠中に装着し、気道を広げる方法です。CPAPに比べて簡便で携帯にも便利ですが、重症例には効果が不十分な場合もあります。扁桃肥大やアデノイド肥大が原因の小児や一部の成人では、それらを摘出する「外科的手術」が根本的な治療となることがあります。また、鼻づまりがひどい場合には、鼻中隔湾曲症や慢性副鼻腔炎の手術を行うことでCPAPの効果が高まることもあります。
治療の土台となる生活習慣の改善とまとめ
どのような医学的治療を行う場合でも、その土台として「生活習慣の改善」が不可欠です。特に肥満がある患者にとって「減量」は最も根本的な治療であり、体重を数キロ落とすだけで無呼吸の回数が大幅に減少することも珍しくありません。食事療法と運動療法を組み合わせ、適正体重を目指す努力が必要です。また、「飲酒の制限」、特に寝酒はやめるべきです。アルコールは気道の筋肉を緩め、SASを悪化させる最大の要因の一つです。「禁煙」も重要です。喫煙による喉の炎症は気道を狭くします。睡眠姿勢の工夫も有効で、仰向けではなく「横向き」で寝ることで、舌根沈下が軽減され、いびきや無呼吸が改善する場合があります。抱き枕などを利用して横向き寝を習慣づけるのも良いでしょう。これらの生活習慣の改善は、SASの予防という観点からも非常に重要です。SASは放置すれば命を縮めかねない病気ですが、適切に診断し治療を行えば、健康な人と変わらない生活を送ることが可能です。「たかがいびき」と放置せず、自身の睡眠と向き合い、少しでも疑わしい症状があれば専門医に相談する勇気を持つこと。それが、あなた自身の健康と未来、そして社会の安全を守るための第一歩となります。





