体内時計を味方につける!最高の睡眠と健康を手に入れる【東京情報大学・嵜山陽二郎博士のヘルスケア講座】

体内時計とはヒトを含むほぼ全ての生物に備わっている約24時間周期の生理活動のリズムのことで概日リズムとも呼ばれる。脳の視交叉上核にある親時計が全身の細胞にある子時計を統括し睡眠覚醒のサイクルや体温変化やホルモン分泌や代謝機能など生命維持に不可欠な活動を微調整している。この精緻なシステムは主に朝の光を浴びることでリセットされ地球の自転周期と同調するが夜間の強い光や不規則な食事や運動不足といった現代特有の生活習慣によって容易に乱れてしまう。体内時計の乱れは睡眠障害だけでなく肥満や糖尿病やうつ病といった心身の不調や疾患のリスクを高めるため健康維持には規則正しい生活リズムを意識し体内時計を整えることが極めて重要である。
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体内時計(概日リズム)の基礎知識とメカニズム
生命に刻まれた24時間の周期
地球上のほぼすべての生物は地球の自転に伴う約24時間の明暗サイクルに適応して進化してきた結果として体内に時間測定の仕組みを獲得した。これが体内時計であり専門的には概日リズム(サーカディアンリズム)と呼ばれる。ヒトの場合このリズムは約24時間10分から15分程度とされており正確な24時間よりもわずかに長い周期を持っている。もし外部からの時刻の手がかりが全くない環境で生活すると人間の睡眠覚醒リズムはこの固有の周期に従って毎日少しずつ後ろにずれていくことが実験で確かめられている。この体内時計は単に眠くなる時間を決めるだけでなく体温や血圧の変動や各種ホルモンの分泌や消化管の働きや細胞の修復や免疫機能に至るまで生体のほぼ全ての生理機能を時間軸に沿って統合的に制御している。例えば体温は夕方に最も高くなり明け方に最も低くなるリズムを刻むがこれにより活動的な日中には効率よくエネルギーを使い休息する夜間には体を休める体制が整うのである。このリズムが存在するおかげで私たちの体は環境の変化を予測しあらかじめ適切な生理状態を準備することができるため効率的な生命活動が可能となっている。
視交叉上核:脳内の司令塔と全身の時計
体内時計のシステムは階層構造を成している。その頂点に君臨する「親時計」は脳の視床下部にある視交叉上核という非常に小さな神経核に位置している。視交叉上核は約2万個の神経細胞の集まりでありこれらの細胞が遺伝子レベルでリズムを刻むことで強力な発振体として機能している。しかし体内時計は脳だけに存在するわけではない。肝臓や腎臓や心臓や皮膚や筋肉など全身のほぼ全ての臓器や組織の細胞にも「子時計」と呼ばれる末梢時計が存在する。これらの細胞一つひとつが時計遺伝子と呼ばれる一群の遺伝子の働きによって独自のリズムを刻んでいるのである。視交叉上核の親時計はこれらの全身に散らばる子時計たちを神経系やホルモンを介して指揮し全体のリズムを統一するオーケストラの指揮者のような役割を果たしている。もし親時計の機能が失われると体中の子時計がバラバラのリズムで動き出すため全身の協調が取れなくなり生理機能はカオス状態に陥ってしまう。
体内時計が支配する生体機能
睡眠と覚醒のホルモン制御
体内時計が最も顕著に影響を及ぼすのが睡眠と覚醒のサイクルである。この制御には主に二つのホルモンが関与している。一つは「睡眠ホルモン」とも呼ばれるメラトニンである。メラトニンは脳の松果体から分泌され夜暗くなると分泌量が増加し体に休息の準備をさせることで自然な眠気を誘発する。メラトニンの分泌は視交叉上核によって厳密にコントロールされており朝の光を浴びてから約14?16時間後に分泌が始まるようにセットされている。もう一つは「ストレスホルモン」とも呼ばれるコルチゾールである。コルチゾールは副腎皮質から分泌され血糖値を上げたり血圧を調整したりして体を活動状態にする働きがある。コルチゾールの分泌は早朝から増加し始め起床直後にピークを迎えることで私たちをすっきりと目覚めさせ日中の活動エネルギーを供給する準備を整える。この二つのホルモンが体内時計の指令のもと絶妙なタイミングで交代することで私たちは夜に眠り朝に目覚めることができるのである。
代謝、免疫、そして疾患リスク
体内時計はエネルギー代謝にも深く関わっている。例えばインスリンの感受性や糖代謝の効率は時間帯によって変動する。一般的に日中は栄養をエネルギーとして消費しやすい状態にあるが夜間は余剰なエネルギーを脂肪として蓄積しやすい状態になる。これは人類が進化の過程で日中に食料を獲得し夜間は休息するという生活パターンに適応してきた名残であると考えられている。したがって体内時計を無視して夜遅くに食事を摂ると同じカロリーであっても肥満につながりやすく糖尿病などの代謝疾患のリスクが増大する。また免疫機能も概日リズムの影響を受けている。免疫細胞の数や活性は時間帯によって変動しておりワクチンの接種時間によって効果に差が出る可能性も指摘されている。さらに心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントが早朝に多いことも血圧や血液凝固能の概日リズムと密接に関連している。がん細胞の増殖リズムを利用して抗がん剤の投与時間を最適化する時間治療の研究も進められている。
現代社会における体内時計の乱れ
光環境の変化と社会的時差ボケ
現代人の生活は体内時計を乱す要因に満ちている。その最大の要因は人工照明の普及による光環境の劇的な変化である。体内時計は本来太陽光の明暗サイクルに同調するようにできている。特に朝の強い光は視交叉上核に直接働きかけ前述した24時間より少し長い固有周期をリセットして地球の24時間周期に合わせる最も強力な同調因子(Zeitgeber)である。しかし現代人は昼間は室内で過ごすことが多く十分な太陽光を浴びていない一方で夜間は遅くまで明るい照明やスマートフォンやパソコンの画面から発せられるブルーライトを浴び続けている。ブルーライトは特にメラトニンの分泌を強力に抑制するため夜間にこれを浴びると脳が「まだ昼間だ」と勘違いし体内時計が夜型へと後退してしまう。また平日と休日で睡眠中央時刻が大きくずれる「社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)」も深刻な問題である。休日に平日より2時間以上遅く起きる生活は海外旅行で数時間の時差がある地域を行き来しているのと同じ負担を体にかけ慢性的な時差ボケ状態を引き起こし心身の不調の原因となる。
シフトワークと夜型生活の代償
夜勤を含む交代勤務(シフトワーク)に従事する人々は体内時計と実際の生活時間が慢性的に乖離した状態に置かれている。彼らは昼間に眠り夜間に働くことを余儀なくされるが体は昼間に活動し夜間に休息するようにプログラムされているため睡眠の質は低下しやすく疲労が蓄積しやすい。長期的なシフトワークは睡眠障害だけでなく肥満や糖尿病や高血圧といった生活習慣病のリスクを有意に高めることが多数の疫学研究で示されている。さらに乳がんや前立腺がんなどの特定のがんのリスク増加との関連も指摘されており国際がん研究機関(IARC)はシフトワークを「発がん性がある可能性がある」グループ2Aに分類している。夜型生活を好む人も同様のリスクを抱えている。夜型は遺伝的な要素も強いが社会生活とのズレが生じやすく慢性的な睡眠不足や体内時計の乱れを引き起こしやすい。
体内時計を整えるための科学的戦略
光のコントロール:朝と夜のメリハリ
体内時計を最適化し健康とパフォーマンスを最大化するためには光のコントロールが最も重要である。まず朝起きたらすぐにカーテンを開けて太陽光を浴びる習慣をつけることだ。窓越しでも十分な効果がある。これにより視交叉上核の親時計がリセットされその日のリズムがスタートする。曇りや雨の日でも屋外の光量は室内の照明よりはるかに強いため効果が期待できる。逆に夜間は光を浴びすぎないように注意する必要がある。就寝の数時間前から室内の照明を少し暗くし暖色系の光に切り替えることが望ましい。特にスマートフォンやタブレットなどのデジタルデバイスの使用は就寝1?2時間前には控えるべきである。これらの機器から発せられるブルーライトはメラトニンの分泌を抑制し入眠を妨げる強力な要因となる。どうしても必要な場合はブルーライトカットの機能やメガネを利用するなどの対策が有効である。寝室は可能な限り暗くし街灯などの光が入らないように遮光カーテンを使用することも良質な睡眠を確保するために重要である。
食事と運動のタイミング
光に次いで重要な同調因子が食事である。特に朝食は重要で朝食を摂ることでインスリンが分泌されこれが腹時計とも言える末梢時計、特に肝臓の時計を強力にリセットする合図となる。親時計は光でリセットされ末梢時計は食事でリセットされるためこの二つのタイミングがずれると体内時計全体が乱れてしまう。したがって起床後なるべく早い時間帯(例えば1時間以内)に朝食を摂ることが推奨される。逆に夜遅い時間の食事特に高脂肪や高炭水化物の食事は末梢時計を後ろにずらし肥満の原因となるため避けるべきである。夕食は就寝の3時間前までに済ませることが理想的である。運動も体内時計に影響を与える。夕方から夜の早い時間帯(就寝の3時間前くらいまで)に行う適度な運動は体温を一時的に上昇させその後の急激な体温低下を促すことでスムーズな入眠をサポートする。しかし就寝直前の激しい運動は交感神経を興奮させ深部体温を上げてしまうため逆効果となる。また早朝の空腹時の運動は脂肪燃焼には効果的かもしれないが筋肉の分解を進めてしまうリスクもあるため目的に応じてタイミングを考える必要がある。規則正しい生活リズムは一朝一夕には確立できないが光浴や食事や運動のタイミングを意識的にコントロールすることで少しずつ体内時計を整え健康的な心身を取り戻すことができるのである。





